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Health Innovator’s Media

対談

対談:三嶽秋久(シミックヘルスケア・インスティテュート)×坂巻弘之(SHI)

データ・デジタルで加速する医療・ヘルスケアサービスの進化

 

 

三嶽秋久 PROFILE

シミックヘルスケア・インスティテュート 代表取締役社長。1963年生まれ。1986年抗体化成工業 (現:大鵬薬品工業)入社。1993年にシミックホールディングス入社。執行役員ビジネスデベロップメント本部長、常務執行役員、取締役専務執行役員、取締役専務執行役員ヘルスケア統括を経て、2021年4月よりヘルスケア事業統括に。

坂巻弘之 PROFILE

神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授。1956年生まれ。1978年北海道大学薬学部卒業。1992年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。国内外製薬企業にて臨床開発、経営企画などに従事。その後、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室助手、医療経済研究機構研究部長兼主席研究員、名城大学薬学部教授、東京理科大学経営学部教授などを経て、2019年4月より現職。専門分野は、医薬品政策など。

 

人生100年時代 を支える社会システムの構築に寄与し、「未病」という新しい健康観を現実化することを目指す、ヘルスイノベーションスクール。医療・ヘルスケア領域にイノベーションを起こせる人材を育成すべく、デジタルテクノロジーを用いた社会実装や、ビジネス創出に不可欠なデータ分析など実践的スキルの育成を、積極的にカリキュラムに組み込んでいる。

今回の対談ゲストは、シミックヘルスケア・ インスティテュート代表取締役の三嶽秋久氏。「データやデジタルを活用した医療・ヘルスケアサービス」の現状と課題、潜在的なニーズやチャンス、今後向かうべき方向性、そこで必要な人材像について意見を交わした。

 

 

有用なデータが“自発的”に集まる、電子お薬手帳「harmo」の可能性

 

坂巻:御社は、医薬品だけでなく再生医療等製品などの臨床試験の支援から、治験に関するマーケティング、製造まで、治験にかかわる業務をトータルにサポートされています。

近年は治験に限らず、電子お薬手帳「harmo(ハルモ)」を用いた服薬継続・疾患啓発や、IoT・ウェアラブルデバイスから得られる生体センシングデータなどを活用したセルフチェックサービス「SelCheck(セルチェック)」の提供、ヘルスケアポータルサイト「HelC+(ヘルシー)」など、さまざまな方法で人々の健康を支えるサービスを提供されていますが、こうした新規ビジネスの創出は、データやテクノジーの力が牽引してきたのでしょうか?

 

三嶽:そうですね。そもそもシミックグループは1990年代初頭に日本初のCRO(医薬品開発受託機関)ビジネスを始めて以降、CRC(治験コーディネーター)からCSO(医薬品営業受託)、そしてCDMO(医薬品製剤開発・製造受託)と、医薬品ビジネスの幅広い工程を一貫して支援するビジネスモデルを構築してきました。

中でもシミックヘルスケア・インスティテュートは、SMO事業を通して、治験実施から治験に関する事務的業務、IRB(治験審査委員会)事務局業務等をフルサポートしています。

治験や臨床研究においては、特定の薬剤に関するデータが非常に多く存在するわけですが、例えば医療機関が保有しているデータや各患者が持つデータ、さらには運動量や睡眠時間といった日常生活のデータなど、さまざまなデータと掛け合わせて分析すれば、価値のある新たなデータが創出されますよね。このデータサイエンスが、我々の今後の課題と考えています。

 

坂巻:データを活用して新たな価値を提供するには、分析可能かつ有用なデータをいかに集めるかが重要だと思います。その点で私が注目しているのは、電子お薬手帳「harmo」を基盤とした「患者コミュニケーションサービス」です。

2016年4月の診療報酬改定に起因して、お薬手帳を持参すると、持参しなかったときに比べて医療費が安くなるケースがあります。そのため、患者側から見ても、お薬手帳を記録してこれまでの病気や薬の服用歴などのデータを残すことにメリットがある。もちろん医療機関や調剤薬局にとっても、患者の服用歴を正しく知ることで、安全かつ無駄のない処方ができるというメリットがあるでしょう。それぞれにメリットがあって、しかもスマホなどで電子的にデータを蓄積しやすい環境が進んでいると思います。

 

三嶽:お薬手帳という媒体が有用なデータを蓄積しやすいのは、フィットネスや食事管理などの健康管理に比べて、「服薬と効果」という因果関係と成果が見えやすいシーンであることも影響していると思います。

「harmo」では、個人情報が特定されない形でデータがクラウド上に保管されていますが、患者さま自身は調剤情報を簡単に一元管理でき、それを医療提供者と連携して活用することができます。また服薬後に体調がどうなったか?薬の効果があったか?副作用が出たか?といった情報をフィードバックすることも可能です。例えば、「薬A」を服薬したというデータと、「効果が期待と違っていた」「副作用が出た」というデータを使って、より効果が期待できる「薬B」に変更しましょうというコミュニケーションが可能になります。

また、患者が複数の医療機関にかかっていることを医療機関側が知らず、同じ薬を重複して処方してしまうといったことを防ぐこともできます。薬の処方とは、いわば“究極の遠隔診療”。自身の健康維持や治療にダイレクトにつながるからこそ、患者さま側にとっても切実度が高く、結果、分析対象として良質なデータが集まりやすいと言えます。

 

坂巻:一方、医療業界においては必ずしも、お薬手帳の例のようにすぐに活用できる良質なデータが揃っているとは言い難いのではないでしょうか。例えば各医療機関が使っている電子カルテは、施設によってデータベース構造が違います。データの標準化が難しいですよね。

 

三嶽:それは非常に難しい問題で、大病院と個人のクリニックで比較してみると、使用しているシステムの根本的な考え方が違っていたりします。弊社では、それぞれ基盤の異なる電子カルテの情報をいかに抽出し、上手く活用できるかといった研究も進めているところです。

 

坂巻:データの取得方法や活用方法について、留意している点はありますか。

 

三嶽:言わずもがなですが、個人が識別できないように匿名加工された医療データを、適正に利活用することですね。特に病歴等のデータは、本人の同意なく他人に知られてしまうことは絶対に避けなくてはなりません。お薬手帳のデータについても、個人情報を分離してデータを保存し、お薬手帳を活用するときにだけデータマッチングする形を取っています。

 

 

健康をいかに定義するか? ヘルスケア×生活データの課題

 

坂巻:ここまで、デジタルテクノロジーという切り口から見た医療関連ビジネスの可能性や課題について伺ってきました。ヘルスケア領域についてもう少しお伺いしたいのですが、データ・デジタルテクノロジーによって広がっていくヘルスケアビジネスの可能性について、どのようにお考えですか?

 

三嶽:我々は医療領域を起点にビジネスを展開してきましたので、そこを主軸に据えながら、「いかにエビデンスを出していくか」が重要だと考えています。

例えばヘルスケアの領域で注目しているのが、ストレスの値です。状況・場所・個人によって、さまざまな種類の緊張感を味わうことがあります。このストレスの値をどのように捉え、人々の健康維持・向上につなげていくことができるか。一つの重要な研究テーマとなっています。

一方でストレスとは別に、自分自身が幸せを感じるものがあるか?自身の精神的な活力につながるものは何か?——こうしたものを組み合わせることで健康を実現し、健康寿命を延伸していくことができないかを模索しています。

それぞれにデータはあるのですが、これをいかに分析し、健康と紐づけていくかに関心があります。

 

坂巻:大変興味深い話ですね。今のお話には、二つ感じた点があります。一つは「そもそも健康とは何か?どのように健康を定義するか?」という問い。もう一つは「健康という状態に影響を与える要素は何か?それを科学的根拠=エビデンスでどのように語るか?」という問いです。

医療領域に関しては、治験に代表されるように、医学的な成果については比較的明確に定義されます。また、その成果と治療などの介入とを関連づけるエビデンスについての考え方も確立しているといえます。ヘルスケア領域に関しては、そこはまだまだ研究が必要な状況だと、今お話を伺って感じたところです。

 

三嶽:ヘルスイノベーションスクールでは、医療・ヘルスケアの現場で起きているリアルな問題と、イノベーションの研究が密接に絡み、新たな知見へとつながっているのではないでしょうか。Webサイトを拝見したところ、最新のデータ活用法やデジタルの考え方を反映した講義をされているのではとお見受けしました。

 

坂巻:データの扱い方、活用法については、我々も模索しているところです。

患者個人のデータを遺伝子レベルで分析し、データドリブンでパーソナライズされた適切な治療法を選択する「プレシジョン・メディシン」という考え方がありますよね。最近、それと似た考え方で、さまざまなデータを活用して早期に疾患を検知・発見することで、個人の価値観や生活様式に沿って個別化したヘルスケアサービスを提供する「パーソナライズド・ヘルス」という考え方もあります。

例えば、肥満や高血糖などに対してどの程度遺伝子が関係しているのかは数値で出すことができるようになっています。これを「遺伝率」なんて言いますが、肥満の遺伝率は必ずしも高くはないし、他のさまざまな遺伝子が関わっていることも明らかになっています。遺伝率がわかっても、実際の介入は困難だと思います。

それゆえ、生活習慣と肥満との関連についてデータを用いて分析する必要があるわけですが、そこにもまた難しさがあります。さまざまな形の生活習慣のデータを標準化し、肥満にどのように影響するかを科学的に分析する方法を研究していかなければなりません。これに、健康に対する価値観が入るともっと複雑になります。

 

三嶽:健康の定義は本当に難しいですね。生活習慣病にならず、肉体的な健康を達成できればそれでいいのかというと、そうでもない。幸せを感じられるか、精神的な活力が生まれているか、不安をいかに取り除くか……。

身体の健康維持だけではなく、いわゆる「ウェルビーイング」に関わる問題です。今後さまざまな取り組みを通じて、科学的にアプローチできる領域を明確にしていかなければと思います。

 

 

新たな検査・マーカーの実用化が「Disease Management」を加速させる

 

坂巻:「Disease Management」についても、ぜひお考えを伺いたいです。現在は「Population Health Management」という言葉のほうが一般的かもしれません。

Disease Management は、1980〜90年代のアメリカで生まれた考え方ですが、特定の疾患について疾患別診療ガイドラインに沿って患者に対する個別介入を行うことで、医療費のコントロールや効率性の向上を狙ったものです。オンライン診療などICT活用が加速する中、日本でもさらに広がっていく可能性が高いのではと考えています。

この「Disease Management」においては、データを使って対象者のリスクをいかに評価するか、また、データをどのように集めて遠隔で個別介入を行うかが重要ですが、御社はその点に貢献するようなサービスにつながる可能性を有されているのではないでしょうか。

 

三嶽:特定の疾患について新たな有用データを取得し、エビデンスに基づいた疾患別診療を可能にする。この点について弊社が取り組んでいる事例の一つに、当グループが特許を取得した腎疾患バイオマーカー「L-FABP(L 型脂肪酸結合蛋白)」を使用した腎疾患の検査があります。

慢性腎疾患の患者数は世界的に増加傾向にある一方で、腎疾患早期の段階から感度良く進行リスクを判断できる診断薬は乏しく、新しいバイオマーカーの開発が求められてきました。そんな中で「L-FABP」が、腎疾患進行の早期 の段階から尿中へ排出されることが発見され、腎疾患の早期診断へと貢献していきました。

この「L-FABP」の数値が、新型コロナウイルスの重症化予測にも活用できるのではないかと、国立国際医療研究センターでは臨床研究が進んでいます。尿検査は、検査キットを使って自分でできるので、簡易的に、定量的なデータの取得が期待できます。このように新しい検査の実用化によって、「Disease Management」にも使える有用なデータが増えていくといいなと思っています。

 

坂巻:いかに臨床データを取得していくかが、今後の肝になりそうですね。

 

三嶽:新型コロナウイルスに関する臨床データの取得はこれからになりますが、腎疾患に関しては大学・クリニックなどで医師の方々がさまざまなケースでこの検査を活用し、視点の異なるデータが集まってきました。これを今後いかに分析していくか、データ解析の可能性を感じています。

 

坂巻:今後、医療に関する意思決定は、患者が中心であるべきとの考え方が一層重視されていくと思います。患者に合わせた個別化医療が進み、医療の仕組みや考え方そのものがシフトしていく中で、御社が持っているデータ資産が上手く活用できる時代になってきているのではないでしょうか。

 

三嶽:そうですね。取得できるデータの総量や種類は間違いなく増えていくので、それをいかに活用できる形に変換するか、どんなシーンに活用できるかといった“目利き”が、今後医療・ヘルスケア領域を担う人材には求められてくるでしょう。

 

坂巻:今日お話いただいたような新しいデータの存在、またデータ活用の新たな可能性についてきちんとキャッチアップしていくことが、今後の医療・ヘルスケア領域を担う人材にとっての出発点になると思います。

 

三嶽:今日、「健康の定義とは?」というお話も出ましたが、人間を基軸に、人間に寄り添いながら、どのように治療や健康維持・向上をコントロールしていくかという視点が必要です。

 

坂巻:そのためには正しく仮説を構築する力が必要ですね。

 

三嶽:そうですね。データは無数にありますから、世の中の個々のケースを見ながら、常に仮説を自分でつくり、その仮説を立証するためのエビデンスは何かを考える癖をつけるといいと思います。

ヘルスイノベーションスクールは、そうした仮説構築力を、ケースメソッドやフィールドワークで鍛えていくことができるのが魅力的ですね。実際に今、医療現場やヘルスケア領域で起きているリアルな事例を「なぜこうなっているのだろう」「私ならこうアレンジするのに」といった視点で見てみることが重要ではないかと思います。

 

 

※インタビュー時には、両者およびインタビューアーの間に十分な距離をとるなど、新型コロナウイルス感染症対策を適切に講じた上で、取材・撮影を実施しています。