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Health Innovator’s Media

対談

対談:福吉潤(キャンサースキャン)×方雪敏(SHI)

ウィズコロナ時代のデータヘルス 必要な人材とその育成

 

 

福吉 潤氏 PROFILE                                                                  キャンサースキャン 代表取締役社長。慶應義塾大学総合政策学部卒業、ハーバード大学経営大学院修了(MBA) P&G Japanでブランドマネージャーとしてマーケティング/ブランドマネジメントを担当後ハーバードビジネススクールに進学。2008年7月ハーバードビジネススクール研究員として従事したのち2008年11月株式会社キャンサースキャンを創業。慶應義塾大学大学院 健康マネジメント研究科 非常勤講師、厚生労働省がん対策推進企業アクション アドバイザリーボードメンバー。

方 雪敏(Mindy Fang) PROFILE                                                            ヘルスイノベーションスクール(SHI)生物統計学講師。SHI就任前は、マッキンゼー・アンド・カンパニーでヘルスケア領域における戦略コンサルタント、ノバルティス・ファーマで企業の臨床統計学のエキスパートを歴任。ヘルスケア領域において20年以上の業界経験と専門性を有し、戦略策定、臨床計画策定、統計解析からデジタル化まで一気通貫で実行できることに強みを持つ。近年は生物統計解析用プログラム開発、COVID-19関連の論文を発表するなど、ヘルスケアの高度化とデジタル化に向けて積極的に活動している。

 

居住地や職業、ライフスタイルに合わせた、一人ひとりに適した健康寿命延伸・疾病予防の支援につながる「データヘルス」への期待が高まっている。新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、厚生労働省でも「新たな日常にも対応したデータヘルスの集中改革プラン」に省を挙げて取り組む方針を掲げ、改革を加速。「未病」の現実化を目指すヘルスイノベーションスクールにおいても、「データヘルス」は研究・教育活動の注力領域の一つだ。

今回の対談ゲストは、マーケティングとテクノロジーを駆使して予防医療領域にイノベーションを起こしてきた先駆者、キャンサースキャンの代表取締役社長・福吉潤氏。日本におけるデータヘルスの現状と課題、潜在的なニーズやビジネスチャンスを踏まえ、今後データヘルスを担うべき人材像と、その育成方法について意見を交わした。

 

 

医療・ヘルスケアのパーソナライズが加速

 

方:世の中に流通するデータの量・種類が爆発的に増えたことで、データを活用して個々人の健康状態に即した医療・ヘルスケアサービスを提供する「データヘルス」を実現する土壌が、ようやく整ってきたように思います。

私はデータ解析や機械学習の研究を専門としていますが、以前は、データは統計や臨床試験など限られた場面でしか取得されていませんでした。近年は健診データや医療費データをはじめ多様な場面でデータ取得が進んでいますし、データ分析の環境もこの20年で大きく変わり、極めてスピーディかつ低コストでビッグデータの解析が可能になりました。

 

福吉:現代は、広告しかり商品・サービスしかり、ビジネス全体がパーソナライゼーションの方向に進んでいます。医療・ヘルスケア領域も例外ではありませんよね。誰に、どんな医療を提供すればいいのか。誰に、いつ、どんな情報を届ければ、疾病の予防につながるのか。標準医療を全員に届けるのではなく、人それぞれ異なる性格や環境、メディカルデータを踏まえて個別最適化したものを提供することで、全体効率を高めていく。この流れは、今後ますます進んでいくと予想されます。

また昨今は、政府の「EBPM」(Evidence-based Policy Making、エビデンスに基づく政策立案)の考え方が象徴するように、政府や地方公共団体においても、統計データや各種指標など、客観的エビデンスを基にして政策を決定・実行する方法に注目が集まっています。同様に、医療においても、「EBM」(Evidence-Based Medicine、エビデンスに基づく医療)——つまり、メディカルデータなど客観的な指標を有効活用しながら、効果的・効率的に行っていく流れが加速していくでしょうね。

 

方:“Evidence-Based”の医療・ヘルスケアにおいては、分析できるデータが多ければ多いほど、精度の高い治療法を導き出すことができます。たとえば、私は以前、頭痛を記録するスマートフォンアプリを通じて取得されたデータを解析しました。各ユーザーの日々の頭痛の有無に加え、そのユーザーがどんな薬を服用し、その後改善したかどうかを含め、国内外合わせて200万人規模のデータを解析したのですが、この規模のデータがあれば「こういう条件で、頭の左側に頭痛が起きた場合は、この薬とこの薬を合わせて服用すると改善しやすい」といった、実効性のある分析結果を得られます。こうしたビッグデータ解析が「パーソナライズド・メディスン(個別化医療)」につながっていくのを実感しています。

 

 

データ分析の目的は「行動変容」であるべき

 

福吉:データヘルスがもたらす可能性が拡がっていく一方で、私が懸念するのは、データを使って何を知りたいのか、何をしたいのか、分析の「起点」と「目的」の不在です。ビッグデータにまつわる“あるある”とも言えますが、データを入れると何か勝手にアイデアが出てくる、データが自ずと何かを教えてくれると思っている人が多いのは問題だと思います。

 

方:同感です。“So What?(だから何?その意味は?)”を問える人はなかなかいない。つまり、目的を持ってデータを取得・解析し、分析結果から有意な解釈を行うことができる人が本当に少ないと思います。ヘルスイノベーションスクールの学生たちの中にも、保険会社をはじめとする民間企業、医療福祉関連機関、NGOなどそれぞれの所属組織でデータを保有しているものの「どう活用していいかがわからないので、勉強したい」と学びにくる学生が多いです。

 

福吉:キャンサースキャンは、健診データ・医療費データなどのヘルスビッグデータ解析を事業として行っていますが、自社を「データヘルス・カンパニー」とは標榜していません。データはあくまで手段に過ぎない。目的は、行動変容によって人と社会を健康にすることです。だから私たちは、自社を「ビヘイビア・チェンジ・カンパニー」と認識しています。だからこそ「誰の、どの行動を変えたいんだっけ?」という起点を明確にした上でデータ分析を行い、実際に行動を変えるところまでたどり着く必要があると考えています。

 

方:おっしゃるとおりですね。行動を変えるという目的のためにデータがある。このときに大きな壁となるのが「データ分析の結果だけでは、人々の行動は変えられない」ということです。たとえばデータ分析の結果「毎日歯を磨いたほうがいい」ことが明らかになったとして、本当に毎日歯を磨くようになるでしょうか。データで明らかになった事実と、人の行動との間にある最後の一歩が埋まらなければ、行動変容には至らない。この行動を変えるまでの最後の一歩を、私はよく「ラストワンマイル」と表現しますが、ここが最も難しい部分だと感じています。

先ほどの頭痛のデータ解析の例で言えば、「この頭痛のパターンの場合は、Aという薬とBという薬を一緒に服用すると有効」という結果が得られたとして、「だから何なの?」となってしまうことがほとんど。医師は、診療の場面でそのとおりに薬を処方してくれるのか。政府は、有効であるとされた薬の価格を下げてくれるのか。一研究者だけの力では、そこまでにはなかなか至りません。政府や企業、医療従事者を巻き込み、力を借りる必要が出てくるでしょう。

 

 

「ラストワンマイル」を埋めるマーケティングの力

 

福吉:データヘルスを机上の空論で終わらせず、「ラストワンマイル」を埋めて行動変容を起こすために、私たちキャンサースキャンはマーケティングの力を活用しています。

私はP&Gの洗濯洗剤のブランドマーケターとしてキャリアをスタートしたのですが、「このマーケティングという素晴らしい手法を、世の中にもっと普及しなければならないものを広めるために活用したい」という思いが大きくなり、ハーバードビジネススクールに進学しました。

そこで出会ったのが、人と社会の健康を科学する学問、公衆衛生学でした。当時の私は特に医療・ヘルスケアに関心があったわけではなく、「予防医学」という言葉も知りませんでしたが、のちに共同経営者となる予防医学研究者の石川善樹(※)から、「日本人の死因で最も多いのは癌。検診を受けて早期発見し、早期治療を受ければ死亡率が減るはずだが、日本人は検診に行く人が少ない」という話を聞きました。さらに、検診に行かない人々を検診へと向かわせる「ラストワンマイル」のノウハウとスキルは、公衆衛生ではなくビジネスの領域にある、とも。

 

※ キャンサースキャン 取締役。予防医学研究者、博士(医学)。1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がよりよく生きる(Well-being)とは何か」をテーマとした学際的研究を行う。専門分野は予防医学、行動科学、計算創造学など。

 

いくら予防医学の観点からエビデンスを示されても、そのとおりの生活を送り続けるのは容易ではありません。どれだけ「検診に行けば死亡率が下がる」とデータを用いて説得されても、さまざまな理由で行かない人はいるわけです。その「ラストワンマイル」は、マーケティングの力で埋めることができるのではないかと思い至りました。

世の中の大多数の人は、洗剤になんて興味がない。その洗剤を買ってもらうことができるのだから、これもまた大多数の人が関心を持たない、検診を受診してもらうこともできるのではないかと考えたのです。そうして、医療・ヘルスケアの課題をビジネスやマーケティングの力で解決する会社・キャンサースキャンが生まれました。

国や市町村と取り組んでいる「がん検診受診率向上」の事業では、マーケティングのフレームワークと行動科学の理論を取り入れて検診の受診勧奨ツールをつくり、検診受診率を大幅に向上させることに成功しました。

具体的な事例を基に検診受診者を増やすコミュニケーションを設計し、それを論文にまとめ、プログラム化し、国や自治体に採用してもらう。この積み重ねで「予防医療のインフラ」を築き上げたいと思っています。

また、言うまでもありませんが、検診を受けるだけで健康になるわけではありません。検診に引っかかっても病院に行かない人には、どんなメッセージを送るのが有効なのか。これにも、「ラストワンマイル」をカバーする発想で取り組んでいます。

 

方:データヘルスの「ラストワンマイル」を埋めるために必要な働きかけは、確かにマーケティング的と言えますね。消費者の商品購買やサービス利用を促すことに長けているマーケティング。そのノウハウが、医療・ヘルスケア領域においても、ターゲットに具体的な行動を促す上で有効というのは納得がいきます。

 

 

ビジネスチャンスを掴むのは“How”より“What”を問える人材

 

福吉:自治体と協働してみてわかったのは、「自治体はビッグデータの宝庫」だということ。国の医療情報データベースの構築も昔に比べて進んできていて、たとえば「全国がん登録」には日本人のがん罹患者の多くが登録されています。にも関わらず、まだまだ活用の余地が大きいというのが現状です。

データの量や種類は増加の一途をたどり、それを分析する環境も急速に整ってきているにも関わらず、まだ手付かずの部分が多い。そういう意味では、データヘルス領域には大いにビジネスチャンスがあると言えると思います。

国や自治体が保有するデータは、もちろん個人情報も含みますから、それを取り扱う事業者として信頼を得るのは簡単なことではありません。事業者には、徹底してエビデンスに基づいて行動するという信念と実績が不可欠です。参入障壁は決して低くなく、キャンサースキャンとしても、現在に至るまで、腰を据えた中長期的な取り組みが必要でした。

しかし、そのデータを活用して多くの人の行動を変えられたら、数年後の医療費が変わるかもしれない。要介護認定を受ける人の数を格段に減らせるかもしれない。そうした大きなインパクトをもたらすことができる可能性があるのは、まぎれもない事実です。これからデータヘルスの領域で活躍する人材には、「自分の手で人々の行動変容を起こし、世の中にインパクトを与える」ことへの“野心”を持ってもらいたいですね。

 

方:そう伺うとますます、データヘルスを担う人材の育成にあたっては、データ分析の手法を身に付けるだけでは不足だと感じます。

 

福吉:そのとおりです。データヘルスへの注目が高まり、盛り上がりを見せていること自体はポジティブにとらえていますが、やはり“So What?”――「だから何?」が置き去りにされがちであることは大きな課題だと思います。データ分析という手段が目的化されてしまい、「ラストワンマイル」に踏み込めていないケースがあまりに多い。

理想は、情報処理・統計学など情報科学の知見・スキルがあり、データを意味のある形にして運用するデータエンジニアリング力があり、課題を整理してクライアントとコミュニケーションをとりながら解決していくビジネス力がある人。医療・ヘルスケアの現場に根差して、分析の起点となる問いや、最終的にどのような行動変容を起こしたいのかを考えられる人です。

たとえば日本における、高齢者の公衆衛生の現場最前線は各自治体の保健所です。そこで働く保健師の方々からすると、ビッグデータそのものも、ビッグデータから導き出される結論も、現場とはかけ離れた話と感じられるかもしれません。その分断を埋めるには、現場で頑張っている方々ときちんとコミュニケーションをとりながら、「対象者(住民、被保険者、患者など)のどの行動がどう変わるといいのか」という課題・ゴールを設定できる人材が必要です。

 

方:そうした能力を備えた人材を育成するには、最新の情報科学を座学で学ぶだけではなく、公衆衛生の現場と幅広いネットワークを持ちながら、実践的に学ぶことのできる環境が必要だと感じます。

新型コロナウイルス感染症も契機に、国を挙げたデータヘルス改革がますます加速していくと思われますが、日本では、とにかく教え手・学び手ともにデータヘルスの担い手不足が目下の課題です。この状況下では、現場経験のある社会人の「再教育」が、ひょっとしたらデータと現場の分断を埋めるための近道なのではと考えています。

ヘルスイノベーションスクールは、社会人経験があり、すでに現場の課題を知る人たちがそれを解決する術を身に付けようと門を叩く先でもあります。所属している企業や医療機関を通じて、現場の最新の課題感を知ることもできるでしょう。また神奈川県立という立ち位置を活かし、神奈川県というフィールドや、WHO(世界保健機関)をはじめとする国内外さまざまな機関とのネットワークから得られる知見もあるはずです。

 

福吉:企業、医療機関、行政などそれぞれの現場を知る人が、データ分析の技術や理論を学ぶことで、現場の課題感を起点に、目的を持ってデータ分析をしていくことができる。それは非常に良いサイクルだと思います。

 

方:「パーソナライズド・メディスン」が進展する中、データヘルス領域は、福吉さんもおっしゃるとおり、潜在的・顕在的なビジネスチャンスがたくさんあります。ヘルスイノベーションスクールは、このチャンスを活かせる担い手の育成を、今後も目指していきたいです。

 

福吉:キャンサースキャンの事業は、常に“What”が起点となっています。つまり「何を実現したいのか?」「何を解決すべきなのか?」です。最近進めていることの一つに、生涯にわたる医療費が特に高額になる人(ハイスペンダー)を減らそうという取り組みがあります。実は、住民全体の約10%にあたる人々が、その地域の医療費全体の約60%を占めているという事実があるのですが、どのような疾病リスクを重ねるとハイスペンダーになる可能性が高いのかを過去5年間のデータを解析して明らかにし、どのリスクを低減すれば将来的な医療費を下げられるのかを導き出そうとしています。

データ分析の教育というと、統計理論からスタートして、分析手法を身につけて、最後のケーススタディの段になって初めてリアルな現場の問いに直面するのが一般的かもしれません。しかし本来は、まず現場にある解決すべき問い=“What”を見つけて、次にその問いに答えるにはどのデータをどんな方法・順序で解析すればいいのかを考えるのが正しい道筋だと思います。

アカデミアの世界に閉じず、実践の場を豊富に持つヘルスイノベーションスクールには、データ活用の“How”よりも“What”を問える、真に「人生100年時代」の健康づくりに資するデータヘルス人材の育成を期待しています。

 

 

※インタビュー時には、両者およびインタビューアーの間に十分な距離をとるなど、新型コロナウイルス感染症対策を適切に講じた上で、取材・撮影を実施しています。